会議

2003年度 運営委員・専門委員合同会議


平成15年5月31日午後3時30分~4時50分
東京都港区 虎ノ門パストラル ローレル

Ⅰ 出席者

伊東俊太郎会長、秋道智彌専門委員、伊豆見元専門委員、上垣外憲一専門委員、
川勝平太専門委員、木村汎専門委員、小泉格運営委員、清家彰敏専門委員、武田佐知子専門委員、
丸山茂徳運営委員、安田喜憲運営委員、川口康運営委員
事務局

Ⅱ 会議の概要

開会

富山県生活環境部
 川口康部長挨拶

日本海学推進機構
 伊東俊太郎会長挨拶


協議事項

(1)日本海学推進機構の概要について
(2)平成15年度事業の概要について
(3)日本海学についての意見交換





次のような意見交換が行われた。


(1)日本海学推進機構の概要について

事務局から資料に基づき説明。
 参考;日本海学推進機構の組織
    日本海学推進機構設置規程

(2)平成15年度事業の概要について

 参考;平成15年度事業計画

委員
 玉文化の研究期間は?

事務局
 玉文化の期日は一応1年。
 中国等の現地調査が想定されていれば、SARSの関係でずれ込むかもしれない。

委員
 日本海関係の新聞社10社とは?

事務局
 青森から鳥取まで。なお、鳥取、島根で新聞は一つ。

委員
 環日本海アカデミックフォーラムについて、京都は大学研究機関がたくさんあるので日本海地域の講義を推進したりする目的を持っている。富山県が日本海学推進機構を作る場合、どういう特徴あるいは性格付けをもって努力していこうと考えているのか?

事務局
 いろんな知識を共有化し、地域の人たちの交流の基盤を作る。
 トピック的なものはどんどんマスコミに出るので分かったような気になるが、日本海の自然や文化、交流といったものを一般に普及していく努力が足りない。
 この地域を自分の頭でデザインしていくことのできる人材を育てていきたい。

委員
 京都の場合はアカデミックの名前が付いているので学生を中心とした交流が多い。

(3)日本海学についての意見交換

委員
 長い歴史を通じて日本は東アジアの中に日本海を通じて組み入れられた文化圏の中にあった。2回の世界大戦後でそこに断絶が起きたが、この壁が壊れ始めて新しい時代になり始めている。ヨーロッパでは新しいボーダーレスの時代に対応してEUという組織ができた。では、アジアはどうするのかという政治に関係した視点が(日本海学の主題として)まずある。
 2つ目は富山県の人が今を捉えて富山から何かを発信したいという視点がある。地球環境の汚染問題、経済、政治について、下から1つ1つ積み上げる交流をし、長期的には日本海サミットを目指す。日本の政治そのものが大きく変わって地方がいろんな意味で力を持った時代の節目にいる。

委員
 日本海経済は日本・韓国・北朝鮮・中国の東方3省で人口3億2千万で旧EUとほぼ同じ。
 まず、日本海というのは庭の中に自然や文化があって周辺の方に大きい経済がある。そこで日本海という自然や文化というのを非常に大事にしながら周辺の経済を通して世界に発信する、つまり経済をアンプにして自然や文化に入っている精神を世界に発信したい。
 2つ目として、2020年ぐらいには人間が使う資源が獲得できる資源を上回り、環境破壊も限界にくると見られるので、それまでに中国や韓国等とも研究会を持って経済システムを構築していくことを提案したい。上海や広東の経済は多資源消費型なのでもう少し省資源型の経済を作ったらどうかと中国政府に提案している。2008年に北京オリンピック、2010年に上海万博をやると、過去の経済の提言からいうと2011年には大不況になるだろう。現在の中国には経済不況に対するノウハウが無いが、日本はかなり不況を経験しているので中国を救済できる。日本海周辺にこれから8年くらいの間に上海・広東とは違う経済システムを実験的に中国政府と作れないか。その際のキーワードは企業等です。2020年までに経済は何ができるか、日本海が世界に率先してやりたい。

委員
 日本古代史の分野では、逆さ地図は比較的早くから頭にあった。
 日本海学の事業計画の報告では、2年前より確実に積み上がっている。21世紀のCOEのプロジェクトを提出している日本海側の大学を見ても日本海を考えている大学はたくさんあり、緊密にアクセスしながら日本海学をもっと有機的なものにしていけば、富山県だけが突出してがんばらなくてももっと成果が上がるのではないか。

会長
 運営委員会でも来年度ぐらいから富山だけでなく、日本海側の日本海に関心を持つ大学ともっと連携していく方向で行こうという話が出ていた。国際的な視野を広げ、再来年ぐらいになるかもしれないが国際シンポジウムなどをやろうということも運営委員会で話題にあがった。

委員
 この会議の特徴として、非常にスパンを長く取って考えている。古代専門の方が多く、一方で北朝鮮や現代のロシアといった時間的に現代のことをやっている者もいる。環日本海というのは長いスパンで総合的な観点からやらなければ、即効性のある学問の分野ではないので、タイムスパンを過去にも未来にも長く取ることによってこの地域は非常に研究に値する地域になる思う。
 現代国際政治学をやっている者から見ると富山県民や日本海に面している方が思うほど、しばらくの間将来は明るくない。ここにある国はほとんど半分以上が過去旧共産主義圏、社会主義的イデオロギーをとっていて、今は自由主義市場経済に移行しようとする産みの苦しみにある。それに対して自由圏はほとんど日本、アメリカ、カナダぐらいで、こういうことが経済、文化、学問の交流に壁となってきた。日本海が結合の海だというきれい事をいう時代ではもうない。しかしこれに政治だけではなくそれぞれの地域でどういう民族や国民がどういう生活をしているのかまず知ろうという観点を入れると、実に学問として成立する地域である。そういう意味でこの富山県グループの代表的な特徴は長期的総合的な観点に立つことだと想像した。
 その見方には1つの弱点もある。専門がまったく違うために焦点がぼけるということが第1点。あまり手を広げすぎて焦点がぼけることがないように、専門委員の間のチームワークが大切だ。
 もう1つは何年これをやろうとするのかということ。富山県知事がお変わりになったら予算が付かなくなって自然消滅するのか、あるいは20年ぐらいやるつもりなのか。それから、日本海に面している他府県同士の協力がないといけない。競争原理ということでプラスもあるが、ある程度は鳥取や島根や新潟や北陸グループとも時々意見交流することが必要で、そういう人が1人くらい委員に入られてもいいのではないか。
 あともう1つは毎回来るごとに来てよかったという気持ちで東京駅から帰れるよう、委員の間を知的な雰囲気にするために、1人か2人、専門委員の人が10分でも20分でもご専門の地域について最近研究されたことや行ってこられた外国の話をされるといい。

委員
 富山、つまり地元に立脚するというスタンスが非常にいい。もともと洋学というのは基本的にイスラムなどの影響を受けつつも自製的にヨーロッパが作り上げていった学問である。これに応じた国作りを日本もしようということでやってきた。国あるいは東京の指令を受け入れてそれを地域に波及させるための媒体として県があり、ミニ東京になっていった。そうした中で地域の学問が興っている。
 仏教学が受容されると法然や鎌倉仏教ができ、儒学においても土着化の過程で国学というものができた。このような土着化の過程で、経済学、自然科学、政治学、すなわちありとあらゆる学問を活用して総合して日本海学をやろうということだ。これまでの学問を活用しながら、自分たちの地域や風土というものに根ざして作っていく。
日本海学という以上、青森、秋田、山形、新潟、富山、石川、福井、京都、鳥取、島根を繋ぎ、府県の壁を破るという志が絶対に必要だ。
 会長が設立シンポジウムでブローデルの地中海を引き、文明交流圏としての日本海という認識の必要性を話された。古代の日本を考えると環日本海を舞台として考えざるを得ないという委員の発言もあった。最初カオスとして形のならないままに交流していたところからだんだん自己認識していき、日本になっていく。日本海での交流の中でだんだん自己認識する過程の母体として環日本海があったとすると、エーゲ海ないしは地中海に匹敵する。
 交流圏としての海という観点から見ると日本海、東シナ海、南シナ海、インド洋、太平洋が視野に入ってくる。我々が立脚すべき観点として環日本海ないしは日本海というものがあるという位置づけができる。長期的な観点に立つことによって協力できる色々なきっかけになり、必ず後に続く人が出てくる。

委員
 かつて朝鮮との間を行き来する際に一番便利なのは清津-敦賀連絡船だった。現在、清津-敦賀連絡船は無いので、交流という点については今の方がいいとは言えない。万景峰号は不定期船である。近い歴史は経済と密接に絡み、しっかり掘り起こしておかないといけない。日本海学ということを考えると清津-敦賀連絡船があったなどということは常識として知っておかないと障害が色々起こる。
 また、中国が今の日本を信頼できる相手だと思うだろうか。経済のために歴史があるとは言いわないが、この辺をしっかり押さえておかないと北朝鮮とも中国とも交流は絶対にうまくいかない。
 なお、佐伯彰一先生は、立山の先達のご出身でした。佐伯先生は私の宗教は神道ですという衝撃的な退官講演をなされた。戦後の知識人の精神のあり方をリードされ、しかも立山先達というのはかなり特殊な存在である。また、富山県の地方自治体は一昨年の日韓交流プロジェクトでいくつか採用され、非常に熱心な市町村があるということで印象に残っている。

委員
 逆さ地図を見れば日本と北東アジアとは一体感がある。
 静岡県はアジア・太平洋ということで学術会議をしており、アジア・太平洋という観点から見ると北東アジアは実は遠いところだ。そういう点で日本海学をバンと表に出してこの地域を全然違う見方で見るということは魅力的であると共に、日本にとっても大事なことだ。
 あと20年ぐらいで朝鮮半島は大きく変化してしまう。そうすると北東アジア地域といって語る場合に要件が相当変わるという時期が確実に来る。そのことについて現時点から深刻に真剣に取り組まなければいけないという問題意識があり、このプロジェクトの中で少しずつ進めさせて頂きたい。
 もう1つは、FTA、経済益圏のことで、もっと広い意味でのヒト、モノ、カネすべての事業協力、交流が深まる時代がもう数年先に来ている。それによっては随分北東アジアと日本の関わり方、あるいは日本海側の諸県と北東アジア地域の関係も変わってくる。

委員
 この新しい機構のメリットは文明学と環境学を入れたことだ。
 逆さ地図は衝撃だったが、これしかないのだということを言っては駄目だ。
 連携の話では大学からCOE出しているが全部落ちている。結局もうひとつ弱いわけで、評価委員の中にあったもやもやをここが吸収する起爆剤になればいい。
 それから日本海学という以上、合意形成や調整の問題が起こる。このプロジェクトを県が進めるという時に、学術的にきちんとしたデータを取るべきで、体を張ってやるくらいの覚悟を県の方は持ってやるべきで、そのための学術的な資源の管理のあり方等というのはこのグループがイニシアティブをとってやるべきだ。

委員(運営委員)
 運営委員の人たちは昔の知り合いが多く、専門的に有名な先生達に加わって頂いてくさびが打ち込まれたような感じがする。
最終的にはブローデルの地中海学に匹敵するような日本海学の総合的な著書を作っていかないといけない。学問は私たちの生き様に投影してきて、できれば未来志向でやっていく。あまり長いスパンでやっていると焦点がぼけたかったるい話になるので、私自身の努力目標については1世代、100年の話ができるように精度を上げようとしている。
 自然、環境、経済、政治をひっくるめた総合学としての日本学はここでやらないと日本のどこへ行ってもできない。地域学にも色々ありますが日本海学は山あり海ありで広がりが非常によく、国際的であるので成功裏に導きたい。
 もう1つは時間のくくりで、先ほど言いましたように専門委員の先生達にくさびを打って頂き、3年から5年くらいである姿になっていけるといい。
 さらにもう1つはかつて裏日本は表舞台だった時がある。今はあまりに太平洋を見ていて日米共同が非常に強くなっているが、かつては北前船の時代があったのでもう一度その原点に戻って見てくる時代になっている。日本海、東シナ海、南シナ海、太平洋ということで多元的にものを見ることと、歴史の流れの原点に戻るという思いが必要だ。
 専門委員の先生達のお話で一番感激したのは、データベースをちゃんと構築していこうということだ。地元に立脚し、足払いをかけられないようなしっかりしたデータをちゃんと解析して積み重ねていくことが必要だと思っている。
 こういう専門委員と運営委員の先生達の会合は年に1回や2回ではなく、もう少し企画した方がいい。