出版等事業:本関連
日本海学の提唱について
富山県 国際・目本海政策課
本文章は、『日本海学の新世紀4 危機と共生』 にも掲載されています。
→『日本海学の新世紀4 危機と共生』角川書店(p13~19)
はじめに
富山県が平成六年に作成したいわゆる「逆さ地図」(環日本海諸国図)が注目されてきました。この地図を見ると日本海が大きな湖のように見えます。狭い対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡、間宮海峡以外は陸地に囲まれた、湖のような日本海を巡って、大陸、朝鮮半島、日本列島が一体的なものに見えてきます。日本が大陸から切り離された島国という見方ではなく、地球において北東アジア、海を挟んだ環日本海という領域に属するということを視覚的にイメージすることができます。
さて、約三〇年前に出されたローマクラブの「成長の限界」の予測は、ほぼ的を射ていたことが証明されました。化石燃料の枯渇、森林の破壊と砂漠化の進行など、地球環境の破壊の問題が深刻になり、国境を越えた海洋汚染、大気汚染に加え、地球温暖化や環境ホルモンの問題が発生し、地球における人間を含めた生物の生存可能性自体の危機が顕著になっています。この危機は世界の人口の約半分を占めるアジアにおいて最も深刻であると思われます。
地球規模で生じている現在の危機に我々が対処していくには、改めて、島国日本という従来の見方を変え、日本が置かれている地球規模あるいはアジアという地域において、地球規模の観点からどのような役割と発展の可能性があるかを柔軟に考える必要があります。
1 「日本海学」が目指すもの
(一) 総合学習としての日本海学
富山県では、環日本海地域の二一世紀における持続的発展を可能とするためには、環日本海地域が抱える問題をトータルに捉え直し、今後のあり方を探っていくことが重要であるとの認識の下、「日本海学」を推進しています。「日本海学」は、逆さ地図が提供する柔軟な発想に支えられて、環日本海交流の中央拠点づくりを推進する富山の地で産声をあげました。そのフレームワークは、伊東俊太郎麗澤大学教授(東大名誉教授)を代表とする人文、社会、自然系の研究者からなる日本海学推進会議(日本海学推進機構の母体)によって練っていただいたものです。
「日本海学」は、環日本海地域全体を、日本海を共有する一つのまとまりのある圈域としてとらえ、日本海に視座をおいて、過去、現在、未来にわたる環日本海地域の人間と自然のかかわり、地域間の人間と人間のかかわりを、「循環」と「共生」と「海」の視点を明確にしつつ、総合学として学際的に研究しようとするものです。
(二) 具体的な研究分野
① 環日本海の自然環境
誕生から現在までの日本海および環日本海地域の自然環境変動の歴史をさまざまな手法を用いて解析し、変動の周期性から、近未来の変動予測を行います。
② 環日本海地域の交流
日本海を介した環日本海地域の交流を生み出した要因や交流の形態を、歴史を踏まえて地球規模の観点から、明らかにしていきます。
③ 環日本海の文化
環日本海地域の民族が環日本海の自然環境や交流の影響を受けながら創り出し、受け継いできた生活文化の特色や日本海とのかかわりの中で生まれた海と森の思想や信仰を明らかにしていきます。
④ 環日本海の危機と共生
半閉鎖海域である日本海の環境保全のための方策や国際協力、未来の環日本海地域の可能性を探り、人間と自然との共生、環日本海地域の共生を提示していきます。
(三) 視点
① 循環
環日本海地域が周期性をもった地球全体の自然環境システムの中で存在しているという視点。
② 共生
環日本海地域における人間と自然との共生、日本海を共有する地域間における人間と人間との共生の視点。
③ 日本海
環日本海地域において、日本海が果たしてきた役割、意義を問い直し、これからの日本海との関係を見つめる視点。
「日本海学」は、環日本海地域全体を、日本海を共有する一つのまとまりのある圏域としてとらえ、日本海に視座をおいて、過去、現在、未来にわたる環日本海地域の人間と自然のかかわり、地域間の人間と人間とのかかわりを、総合学として学際的に研究しようとするものである。
2 新たなパラダイムの創造に向けて
日本海学は、循環と共生のシステムを豊かな森と水に恵まれた環日本海をベースに、幅広くいろいろな角度から学際的に問題を考えようということを提唱しています。それは、現在の地球が抱える問題の根源が、産業革命以降の工業化を中心とした人間の営みそのものにあり、生物の生存可能性に危機を生じさせているということである以上、いかに人間の営みのパラダイムを循環と共生、そして海の視点に立って、変えることができるかが問題なのです。行政の方も縦割りの問題がありますし、学問の分野も非常に細分化されていく方向にありますが、自然科学、人文科学、社会科学の観点からいわば人間の営みの総体を捉え直して、いかに新しい営み、地球と共生できる営みをつくれるのか、こういうことが今まさに求められます。日本海学はそれを考えるフレームワークを提示するものです。
そして、日本海学が豊かな森と水に恵まれた環日本海から創出することを目指す二一世紀の新たなパラダイムは、以下のようなものであろうと考えています。
①地域全体の危機を回避する観点から、持続的な発展を可能とする地域を将来世代へと継承していくこと。
②総合的に環日本海の抱える問題を捉えることにより、共生の価値観への転換を図り、直線的な発展の文明観から循環的な文明観への転換を目指すこと。
③「日本海学」をベースとする取り組みを行政、学術、民間などさまざまな立場から推進し、それぞれの地域が環日本海、北東アジアという枠組みにおいて、これまでの国家中心の考え方から地域中心の考え方への転換を図り、地 域のアイデンティティーを確立することにより、真の地方分権によるパラダイムの転換を可能とすること。
3 日本海学の動き
平成一五年二月、日本海学の調査研究の推進と一層の普及をはかるために日本海学推進機構(会長・伊東俊太郎麗澤大学教授)が設立され、日本海学推進事業も広がりを持ってきました。
〈刊行物〉
本書の刊行をはじめとして、若い世代向けの日本海学の普及書として、『ジュニア版日本海読本~日本海から人類の未来へ』(角川書店)および絵本『うみをわたったこぶた』(岩崎書店)を企画・発行しました。
〈シンポジウム・講座〉
京都で「第五回日本海学シンポジウム~日本海の平和・総合的文明論と二一世紀の人類社会のあり方~」を開催し、環日本海地域の今後を展望しました。また、早稲田大学オープンカレッジ秋講座において「日本海学~日本海から、二一世紀の森と水の文明が見えてくる~」(計一〇回)が開講されるなど、全国的な展開をすることができました。
富山県内でも、「みんぱくサテライトinとやま」(国立民族学博物館共催)、「日本海学夏季セミナー」(富山大学極東地域研究センター共催)や富山県立大学秋季公開講座(計八回)で「環境・資源・生物~日本海学の視点から~」が開講され、多くの受講者が熱心に耳を傾けました。
〈支援事業〉
日本海学の研究や普及活動に対しての助成事業が始まりました。
研究者の研究支援を目的とした日本海調査研究事業に「環日本海文化と立山信仰に関する研究」「環日本海における玉文化の交流に関する研究」の二件が選ばれました。
また、広く日本の研究や普及活動を支援するための「日本海学研究グループ支援事業助成」も始まり〈日本海側地域における温度環境と植物の対応〉〈環日本海地域(四か国)の小学校授業研究会を通した共生社会の模索〉〈古地図のアーカイブおよび古地図による環日本海の歴史変遷の調査〉等の九件が選ばれました。
そして、日本海学の一般への普及を目指したNPO「環(わ)・日本海」が設立され、日本海学の取り組みが広がりました。
〈環日本海地域の海洋環境保全の各国協力に向けて〉
国連環境計画(UNEP)の提唱による「地域海行動計画」に対応する、北西太平洋行動計画(NOWPAP、→注1)の本部事務局(RCU)が、富山市(国連機関としては日本海側初の設置)と韓国釜山広城市に設置されることになっています。これにより、閉鎖性の強い日本海の海洋環境保全について沿岸各国や自治体の取り組みがかなり前進すると考えられます。日本海学が掲げる「海・循環・共生」の視点からの取り組みが、一層重要となると考えられます。
注1 国連環境計画のもとで、日本海および黄海の環境保全を目的として、日本、中国、韓国、ロシアの四か国が取り組んでいます。